ランタナのひとりごと
  『住んで実感フォルクスの日々』
第10回
「 ロ フ ト と い う 名 の 小 屋 裏 ま た は 納 戸 」


建て替えをした我が家だが、実はちっとも広くなっていない。
冬の日照を考えると南側が隣家の敷地に面しているので、
これ以上南へは伸ばしたくなかった。
(OMのすごいところは南面の窓から日照が得られなくても、
太陽の恩恵をたっぷり受けられることではあるが、
ソーラー人間の私には冬の陽射しは必需品。)

また、縦列で車を2台駐車していたが、この入れ替えが結構面倒くさい。
これまで、どんなに並列ならいいだろう、と思っていたので、
建て替えでは、やはり優先した。

すると、北側が車の分なくなった。
しかも、自転車置き場やら、庭への行き来やらで、東側にも余地をとり、
ならばと、のり面を補強した部分へは建てられないとのことで、
かかるコストの割には広くならずこれまたダメ。

建築面積は増えなかった。

かつ、和室はないワ、洗面、台所はかつかつサイズだワ、で、収納は減る一方。
しかも、よほどじっくり考えないとうまく取れないし、
生かせないのが収納なんじゃないかな、
というのが計画中から今にいたるまでの私の収納観です。

たとえば、台所については結構真剣に考えたので、まあまあ及第点である。
しかし、うちは台所スペース自体に制約があったので、ついにパン焼き器は、
定位置を得ずじまいであった。もちろんミキサーも。
そのどちらも、使うときに出し、後はしまえばよいという理屈ではあるのだが、
やはり、すぐ使える定位置のない物とは、疎遠になるのである。
(炊飯器もコーヒーメーカーも電気ポットも以前から所有していない。
これでもこれだけ悩むのである。)

さて、さほど真剣に考えなかったところは、言うまでもなく生かせていない。
いや、もとより考えの範囲を超える、というか、
不得意だから考えられなかったのか、それは定かではない。
例えば、家に持ち帰る仕事の資料。それをきちんと整理しようとしたら、リビングのスペースはなくなってしまうだろう。

また、うちにはお金がないからこれだけで済んでいるのかもしれない、と思われる何でもコレクターがいる。
(お金がないから安いと思わず買い込む、という説もある。)
コレクションの範囲は、本 ・ 染物 ・ 楽器 ・ 陶器とまあ、この程度で、
全てのJリーグカードや流行りのフィギュアを集めないと
気がすまなかったり、古今東西のブリキのおもちゃを集めまくったりは
しないのだが、それでも、満足することを知らない収集欲というものは、手入れと保管場所を考え、物を増やすことに自制心のある
(と思っている)私にはうまく理解できない。
それでも何とか我が家が(よそ様から見れば破綻しているような乱雑さではあるが)
一応機能しているのは、ひとえにロフトのおかげである。

我が家のロフトが部屋と違うのは、天井高が0から120cmくらいの間なので
居住空間にはならないけれど、とにかく物は入るのであります。
その一角は子供の遊びスペース。
ふとんを運ぶ手間もいとわずお泊りの友を誘っています。
小さいのは別の子供の部屋の物置的空間、
そして、そして、一番大きいのが、大収納空間です。
ここには桐の箪笥二棹をはじめ、いくつかの柳行季(染物が入ってます)、
コレクションの品、ダイビング用品、旅行用バッグ、
きっともう使わないだろうけどとっておきたい思い出の品々などが入っています。

難点は、はしごで上り下りすることで、いくらたまにしか使わなくても、
ゴルフバッグなどの長くて重いものの収納には不向きです。
うちの場合、上り下りを苦にしないさる顔負けのものがいるので、今のところ、
一声かければ、かなり重いものでも昇降リフトなみに上げ下ろしできますが、
あと20年たって、彼らが棲息しなくなった上に、加齢するとどうでしょうか。
その時は、エヌテックさんに手すりつき階段でもつけてもらいましょうか。
負!


私は収納は多ければよいとは思いません。
ものぐさな私は、収納が少ないからこそ、整理を促されるのです。
たっぷりの収納では、一旦入れたら二度と生きない死蔵スペースになるのは
目に見えています。
だって、冷蔵庫だって、ぎっしりつまっている時には
必ず、奥の方に闇の部分ができているのが私の常ですから。

でも、逆に、逃げ場がまったくないというのも窮屈なものです。
物は放っておいても増えるけれど、努力しないと減りません。
自分が、いつもいつもきちんと、ができない性格なことも知っています。

私にとってロフトは便利じゃないけれども、まだ置ける、という
心の余裕の空間の役目が大きいかもしれません。

2002.8月23日
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